2008年6月

下甑文化 

  本日 学校に資料つくりの参考までに下甑文化と言う本を借りました。
その中に  西山小学校の石垣についてのページを見つけました。
明治も半ばのある夏に日、大雨にため小学校は跡形もなく壊れてしまいました。
そこで、地域の方たちはどこか広い場所に土地を探しましたがありません。
その時、ある1人のひとが土地を寄付しようといいました。
その1声から土地の寄付者が次々と現れました。
しかし、寄付できる土地は1人3畳ほどでした。
思案を重ねた結果、みんなの考えが1つにまとまりました。
坂ノ下の石を開田地区まで運んで石垣を造り畑を半分崩して埋め立てよう。
もっこを担ぎ10人がかりで網を引を引いた、けが人が出たこともあった。
台風のため、始めから造り直さなければならないこともあった。
 しかし、誰1人として石垣造りを止める者はなかった。
こんな大人たちを見ていつしか子供たちも石運びをするようになり、石垣を造り始めてから9回目の夏を迎える頃、ついに人々は子供たちの城を造り上げることができた。

 現在もこの石垣の上に西山小学校はあります
地域の方の学校に対する想いが伝わり読んだ私は、感動のあまり涙が出ました。
 

天草(てんぐさ)

テングサ ここ瀬々野浦地区は、よく天草が採れます。
今日は、西山地区コミセンで船を出し天草を採りに行く予定でしたが、天気はいいのですが
波が高く行くことができませんでした。
 この季節になると、天草を採りそれを天日に干して保管します。
なんとも言えない磯臭い香りに包まれます。






しばらくお休みしていました。

 しばらくお休みしていました。6月からは本当にブログの更新を頑張ろう。
西山小も今年度1名の入学式を済ませ、2名の留学生を栃木から迎え1名の転校を迎え賑やかに
毎日が過ぎています。
 暑さもすこしづつ増してきました。
 実は5月に末にとても珍しい事件が起きました。
海がめが、卵を産もうしたらしく、足跡と穴があったと報告をうけ、住民の方が産むところを見たとの証言もあり、穴の中を見たら卵がありません!!
穴を掘て、どうも石が出てきたのか諦めて海に帰ったようです。残念です。
西山小はじまって以来の珍事件でした。