薩摩川内市 | 甑島 | 西山地区コミュニティ協議会でタグ「西山小学校」が付けられているもの
本日 学校に資料つくりの参考までに下甑文化と言う本を借りました。
その中に 西山小学校の石垣についてのページを見つけました。
明治も半ばのある夏に日、大雨にため小学校は跡形もなく壊れてしまいました。
そこで、地域の方たちはどこか広い場所に土地を探しましたがありません。
その時、ある1人のひとが土地を寄付しようといいました。
その1声から土地の寄付者が次々と現れました。
しかし、寄付できる土地は1人3畳ほどでした。
思案を重ねた結果、みんなの考えが1つにまとまりました。
坂ノ下の石を開田地区まで運んで石垣を造り畑を半分崩して埋め立てよう。
もっこを担ぎ10人がかりで網を引を引いた、けが人が出たこともあった。
台風のため、始めから造り直さなければならないこともあった。
しかし、誰1人として石垣造りを止める者はなかった。
こんな大人たちを見ていつしか子供たちも石運びをするようになり、石垣を造り始めてから9回目の夏を迎える頃、ついに人々は子供たちの城を造り上げることができた。
現在もこの石垣の上に西山小学校はあります。
地域の方の学校に対する想いが伝わり読んだ私は、感動のあまり涙が出ました。
その中に 西山小学校の石垣についてのページを見つけました。
明治も半ばのある夏に日、大雨にため小学校は跡形もなく壊れてしまいました。
そこで、地域の方たちはどこか広い場所に土地を探しましたがありません。
その時、ある1人のひとが土地を寄付しようといいました。
その1声から土地の寄付者が次々と現れました。
しかし、寄付できる土地は1人3畳ほどでした。
思案を重ねた結果、みんなの考えが1つにまとまりました。
坂ノ下の石を開田地区まで運んで石垣を造り畑を半分崩して埋め立てよう。
もっこを担ぎ10人がかりで網を引を引いた、けが人が出たこともあった。
台風のため、始めから造り直さなければならないこともあった。
しかし、誰1人として石垣造りを止める者はなかった。
こんな大人たちを見ていつしか子供たちも石運びをするようになり、石垣を造り始めてから9回目の夏を迎える頃、ついに人々は子供たちの城を造り上げることができた。
現在もこの石垣の上に西山小学校はあります。
地域の方の学校に対する想いが伝わり読んだ私は、感動のあまり涙が出ました。
ほぼ毎月第1水曜日に読み聞かせの日として行っています。
朝8;15~から始まります。
子供たちは、目を輝かせながら、本の世界に入り込んで
いきます。
この、歩こう会には地域の皆さんも参加し立て石という石がある所まで歩きます。
毎年3月の第1日曜日を、お別れ歩こう会の日としています。
留学生はお世話してくださった里親さんや地域の皆さんに感謝の言葉を伝えます。
たくさんの地域の方に参加頂き留学生との最後の行事を楽しみました 。
また、この日は暖かい気候にも恵まれ歩く途中に鶯の鳴き声や、梅の花など春を少し感じることができました。
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